
京都市伏見区は、京都市内でも特に歴史・文化・自然・暮らしやすさが調和した魅力あふれる街です。
全国的に知られる酒蔵の街並みや坂本龍馬ゆかりの史跡だけでなく、四季折々の美しい風景、子育てしやすい住環境、地元で長く愛される名店、地域のお祭り、知る人ぞ知る絶景スポットなど、ガイドブックには載っていない魅力が数多く息づいています。
「京都市伏見区100の秘密」は、そんな伏見区の魅力を”暮らす人目線”でお届けする地域密着型コラムです。
「なぜ伏見には酒蔵が多いの?」
「十石舟にはどんな歴史があるの?」
「伏見に住むとどんな暮らしが待っているの?」
そんな疑問や発見を、一つひとつわかりやすくご紹介します。
歴史や文化だけではなく、自然、子育て、街歩き、防災、交通、地域の豆知識など、さまざまなテーマを100本の記事にまとめ、伏見区の魅力を多角的に発信していきます。
センチュリー21ホームサービス伏見桃山店は、地域密着の不動産会社として、住まい探しだけでなく、地域の魅力や暮らしの情報も大切にしています。
このコーナーを通じて、伏見区をもっと好きになっていただき、「この街で暮らしたい」「これからも暮らし続けたい」と感じていただければ幸いです。
ぜひ気になるテーマから、京都市伏見区の新たな魅力を発見してみてください。Vol.61 ▶ 西郷隆盛も伏見に来ていた? 寺田屋・薩摩藩伏見屋敷・大黒寺に残る意外な足跡
鹿児島の英雄・西郷隆盛と京都市伏見区には深い関係がありました。寺田屋騒動との意外なすれ違い、大黒寺の九烈士墓、薩摩藩伏見屋敷など、今も歩いて探せる幕末の痕跡を解説します。
Vol.62 ▶ 伏見の住所に戦国武将がいる?大名屋敷の記憶を今に伝える「桃山の町名」ミステリー
京都市伏見区桃山には、正宗・島津・毛利長門・長岡越中など戦国武将を思わせる町名がなぜ残る?伏見城の大名屋敷と現在の住所の関係を、発掘調査や史料から分かりやすく解説します。
Vol.63 ▶ 伏見七ツ井はいまも残っている?街の地下を流れ続ける「伏見の水」の秘密
伏見七ツ井とは何?御香水、白菊井、常磐井、苔清水など七つの名水の歴史と現在を調査。失われた井戸と今も続く伏見の地下水文化を、街歩きと暮らしの目線から紹介します。
Vol.64 ▶ 酒蔵の軒先に吊るされた「杉玉」は、なぜ緑から茶色に変わる?
伏見の酒蔵に吊るされた杉玉は、なぜ緑色から茶色へ変わる?新酒を知らせる本来の意味、色が変化する科学的な理由、奈良・大神神社との意外な関係を分かりやすく紹介します。
Vol.65 ▶ 聖宝(理源大師)は、なぜ醍醐の山を選んだ?「醍醐寺」が山の上から始まった理由
聖宝(理源大師)はなぜ京都・醍醐の山を選んだ?874年の醍醐寺開創、醍醐水と横尾明神の伝承、上醍醐から下醍醐へ広がった歴史を、史実と伝承を分けて分かりやすく解説します。
Vol.66 ▶ 「伏見」は伏し拝む場所だった?地名に隠れた「俯見」と地形の秘密
「伏見」は伏して拝む場所だった?古代の「俯見」という表記、日本書紀や万葉集、桃山丘陵と巨椋池の地形、江戸時代の「伏水」から、京都市伏見区の地名の謎を分かりやすく解説します。
Vol.67 ▶ 古い町家はどうして細長い?「うなぎの寝床」に隠れた京都・伏見の暮らしの知恵
京都・伏見の古い町家はなぜ間口が狭く、奥へ細長い?「うなぎの寝床」が生まれた理由を、商い、土地割り、町の負担、坪庭、伏見の城下町との関係から分かりやすく解説します。
Vol.68 ▶ 住宅街の路地裏に「伏見城」が残っている?土塁・石垣を探して桃山を歩く
伏見城は本当に消えてしまった?桃山の住宅街に残る惣構の土塁、発掘された石垣、坂道や段差、大名屋敷の町割りから、現在の暮らしの中に残る約430年前の城下町を読み解きます。
Vol.69 ▶ 「観月橋」はなぜ観月橋? 宇治川の橋名に残る「月見」の記憶
観月橋の名前はどこから来た?鎌倉時代の桂橋から秀吉時代の豊後橋、1873年の観月橋誕生、指月と巨椋池の月見文化まで、現在の伏見の街並みにつながる歴史を紹介します。
Vol.70 ▶ 明治天皇陵はなぜ桃山にある?東京ではなく伏見が選ばれた理由
明治天皇陵はなぜ東京ではなく京都市伏見区の桃山にあるのでしょうか。明治天皇の遺詔、京都とのつながり、伏見城跡との関係、現在の桃山の街並みまで分かりやすく解説します。
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