
京都市伏見区は、京都市内でも特に歴史・文化・自然・暮らしやすさが調和した魅力あふれる街です。
全国的に知られる酒蔵の街並みや坂本龍馬ゆかりの史跡だけでなく、四季折々の美しい風景、子育てしやすい住環境、地元で長く愛される名店、地域のお祭り、知る人ぞ知る絶景スポットなど、ガイドブックには載っていない魅力が数多く息づいています。
「京都市伏見区100の秘密」は、そんな伏見区の魅力を”暮らす人目線”でお届けする地域密着型コラムです。
「なぜ伏見には酒蔵が多いの?」
「十石舟にはどんな歴史があるの?」
「伏見に住むとどんな暮らしが待っているの?」
そんな疑問や発見を、一つひとつわかりやすくご紹介します。
歴史や文化だけではなく、自然、子育て、街歩き、防災、交通、地域の豆知識など、さまざまなテーマを100本の記事にまとめ、伏見区の魅力を多角的に発信していきます。
センチュリー21ホームサービス伏見桃山店は、地域密着の不動産会社として、住まい探しだけでなく、地域の魅力や暮らしの情報も大切にしています。
このコーナーを通じて、伏見区をもっと好きになっていただき、「この街で暮らしたい」「これからも暮らし続けたい」と感じていただければ幸いです。
ぜひ気になるテーマから、京都市伏見区の新たな魅力を発見してみてください。Vol.51 ▶ 「淀」はどうして「よど」と読む?川の“よどみ”から生まれた地名って本当?
京都市伏見区の「淀」はなぜ「よど」と読む?川のよどみとの関係、804年の「与等津」、淀津や淀川の由来、淀城まで、千年以上続く地名の秘密を分かりやすく解説します。
Vol.52 ▶ 大久保利通と伏見にはどんな関係がある?
鹿児島出身の大久保利通が、なぜ伏見の歴史に登場するのでしょうか。西郷隆盛との大黒寺での話し合いや薩摩藩、寺田屋事件、鳥羽・伏見の戦いから、現在の街に残る幕末の足跡を紹介します。
Vol.53 ▶ 「羽束師」は何を意味する地名?読めない三文字に隠れた古代の仕事と水の記憶
京都市伏見区の難読地名「羽束師」は何を意味する?奈良時代の羽束里、古代の泥部・泊橿部、羽束師神社、羽束師の森、西羽束師川まで、地名に残る1300年以上の歴史を分かりやすく解説します。
Vol.54 ▶ 「横大路」は大きな道路の名前?伏見に残る地名の由来をたどる
伏見区横大路の名前はどこから来たのでしょうか。古い往還道や鳥羽離宮との関係、草津湊と魚市場、馬の神様として知られる田中神社など、現在の街に残る交通の歴史を暮らす人目線でたどります。
Vol.55 ▶ 明智光秀は伏見を通った?「明智藪」に残る本能寺の変後、最後の足取り
明智光秀は伏見を通った?1582年、山崎の戦いに敗れた光秀が坂本城を目指して通ったとされる伏見区小栗栖。明智藪、本経寺、小栗栖街道に残る最後の足取りを史実と伝承を分けて解説します。
Vol.56 ▶ 「久我」は貴族ゆかりの地名?伏見に残る「久我家」と千年の歴史
伏見区久我は公家が名付けた地名?実は土地の「久我」が先にあり、その名が名門公家・久我家へつながりました。久我荘や久我大臣の墓など、現在の住宅地に残る歴史を分かりやすく解説します。
Vol.57 ▶ なぜ伏見には歴史的建造物が多く残る?古い町並みが今も「生きている」理由
なぜ京都市伏見区には酒蔵や町家など歴史的建造物が多く残る?秀吉の城下町、鳥羽・伏見の戦い、酒造業、濠川、景観制度から、古い町並みが今も受け継がれる理由を地元目線で解説します。
Vol.58 ▶ 「下鳥羽」は鳥羽離宮と関係がある?今の住宅地に残る「院政の都」の記憶
何気なく使っている「下鳥羽」という地名。そのルーツをたどると、約900年前の院政の舞台・鳥羽離宮へ。上鳥羽との関係や交通の要衝だった理由、現在の街に残る痕跡を紹介します。
Vol.59 ▶ 「納所」は何を納める場所だった?京都の物流を支えた地名の秘密
伏見区の「納所」はなぜ「のうそ」と読む?地名の背景には、京都へ物資を運んだ淀川水運と物流拠点の歴史がありました。淀古城、妙教寺、唐人雁木、現在の町名まで、街歩き目線で納所の秘密を紹介します。
Vol.60 ▶ 「日野」の地名はどこから来た?鹿が「春」の字を消したという伝説とは
伏見区日野は平安遷都直後の796年には歴史に登場する古い土地。地名に残る鹿の伝説、国宝のある法界寺、日野富子につながる日野家、親鸞との関係を街歩き目線で紹介します。
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