
≫ 消えた井戸もある。でも伏見の地下では、今も「七ツ井」の物語が続いている
伏見桃山の街を歩いていると、神社の境内や酒蔵のそばで、水を汲む人の姿を見かけることがあります。
伏見が「水の町」であることはよく知られていますが、かつてこの町に「伏見七ツ井」と呼ばれる七つの名水があったことをご存じでしょうか。
江戸時代の地誌にも記された七ツ井は、御香宮神社の岩井をはじめ、白菊井、春日井、常磐井、苔清水、竹中清水、田中清水の七つ。ところが現在、そのすべてを昔と同じ場所で見ることができるわけではありません。
それでも伏見では、御香水や白菊水、常磐井水など、水にまつわる名前と文化が現在まで受け継がれています。今回は「伏見七ツ井」を入り口に、昔の井戸と現在の名水、そして今も街の地下に広がる伏見の水の世界をご紹介します。
≫ 今回の秘密
この記事では、次のことが分かります。
・「伏見七ツ井」と呼ばれた七つの名水とは何か
・七ツ井のすべてが現在も同じ姿で残っているわけではないこと
・御香宮神社の御香水が七ツ井の一つ「岩井」とされること
・昔の井戸が消えても、伏見では地下水文化が受け継がれていること
・現在の街で伏見の水を感じながら歩く方法
≫ 秘密① 伏見には「七つの名水」があり、江戸時代の地誌にも記録されている
伏見は昔から良質な地下水に恵まれた土地として知られてきました。
京都市が紹介する京都遺産「京と大阪をつなぐ港まち・伏見」によると、江戸時代に編纂された地誌「山城志」には、「伏見七つ井」として七つの名水が挙げられています。
伏見醸友会が紹介している七ツ井は、次の七つです。
・岩井(いわい)
・白菊井(しらぎくい)
・春日井(かすがい)
・常磐井(ときわい)
・苔清水(こけしみず)
・竹中清水(たけなかしみず)
・田中清水(たなかしみず)
面白いのは、七ツ井が一つの場所に集まっていたのではなく、伏見の町の各所に点在していたことです。
つまり七ツ井は「有名な七つの井戸」というだけではありません。町のあちこちで良質な水を得られた、かつての伏見の地下水環境を物語る存在でもあるのです。
≫ 秘密② 御香宮神社の「御香水」は、七ツ井の一つ「岩井」につながる
七ツ井の中で、現在もっとも知られている存在が御香宮神社の「御香水」です。
七ツ井では「岩井」、資料によっては「石井」と表記される井戸にあたり、現在の御香水につながる名水とされています。
御香宮神社には、平安時代の貞観4年(862年)、境内から香りのよい水が湧き出したという社伝があります。この水にちなみ、清和天皇から「御香宮」の名を賜ったと伝えられています。
ただし、現在目にする御香水が千年以上にわたって途切れることなく同じ状態で湧き続けてきた、と考えるのは正確ではありません。
御香水は一時期枯れていましたが、昭和57年(1982年)に復元され、昭和60年(1985年)には環境庁の「名水百選」に選ばれました。
現在も御香宮神社を訪れると、水を求める人の姿を見ることがあります。
昔の名水の名前が歴史資料の中だけに残っているのではなく、現代の暮らしの中でも水を汲む文化につながっている。ここが伏見の水文化の面白いところです。
≫ 秘密③ 七ツ井のすべてが、昔と同じ場所・同じ姿で残っているわけではない
「伏見七ツ井」と聞くと、現在も七つの古井戸を順番に巡れるように思うかもしれません。
しかし、実際にはそうではありません。
長い年月の間に、道路整備や市街地化、地下水環境の変化などによって、失われたり埋められたりした井戸があります。
たとえば常磐井は、昭和32年(1957年)の国道24号拡張工事に伴って失われたと伝えられています。
また、桃山筑前台町にあったとされる苔清水も、現在は井戸そのものを見ることができません。地域の歴史を調べる活動では、JR桃山駅近くの桃山筑前台町に七ツ井の一つ「苔清水」があったことが紹介されています。
ここに、伏見七ツ井を知るうえで大切なポイントがあります。
「昔の七ツ井」と「現在、伏見で名水として親しまれている水」は、完全に同じ一覧ではありません。
昔の井戸そのものが失われた場所もあれば、その名を受け継ぐ水が別の井戸で親しまれている例もあります。
七ツ井を「現在も七か所すべてで昔の水が湧いている」と紹介してしまうと、伏見の歴史を単純化してしまいます。むしろ、井戸が失われても水の名前や記憶が受け継がれてきたことこそ、伏見らしい歴史なのです。
≫ 秘密④ 井戸が消えても、伏見の地下水文化は消えなかった
地上から井戸がなくなれば、水の歴史も終わるのでしょうか。
伏見では、そうではありませんでした。
現在も伏見には、御香宮神社の御香水、鳥せい本店の白菊水、キンシ正宗の常磐井水、月桂冠大倉記念館の「さかみづ」、黄桜の「伏水」など、地下水と関わる場所があります。
2026年にも、伏水会による「伏見名水スタンプラリー」が3月20日から5月31日まで開催され、御香水、白菊水、常磐井水などを含む10か所の名水ゆかりの地が紹介されました。
ここで興味深いのは、現在の名水めぐりが昔の「七ツ井めぐり」そのものではないことです。
藤森神社の不二の水、城南宮の菊水若水、長建寺の閼伽水、大黒寺の金運清水なども加わり、伏見区全体の「水文化」を楽しむ形へ広がっています。
江戸時代の七ツ井という記憶を土台にしながら、新しい井戸や寺社の水、酒蔵の井戸が加わっているのです。
「名水の町」は昔の呼び名ではありません。形を変えながら現在も続いている伏見の文化なのです。
≫ 秘密⑤ 伏見の酒蔵と街並みをつないでいるのは、目に見えない「地下の水」
伏見の水を理解すると、酒蔵の町並みの見え方も変わってきます。
京都市は、伏見の伏流水を酒造りに適した成分を持つ中硬水と紹介しています。鉄分が少なく、酒造りに適した地下水に恵まれたことが、伏見の酒造業を支えてきました。
ただし「伏見の地下に一本の大きな川が流れている」と考えるのは単純すぎます。
地下水は地層の中を複雑に移動します。場所や井戸の深さによって水質にも違いがあるため、酒蔵ではそれぞれの井戸と水を大切に管理してきました。
街を歩いていると、御香宮、商店街、住宅地、酒蔵、濠川は別々の風景に見えます。
ところが「水」を軸に眺めると、それらが一つにつながってきます。
丘陵や周辺地域に降った雨が地中へしみ込み、地下を移動し、人々が井戸から汲み上げ、暮らしや酒造りに利用する。その積み重ねが、現在の伏見らしい街並みをつくってきたのです。
伏見の歴史は、地上だけを歩いていては半分しか見えないのかもしれません。
≫ 地元民しか知らない豆知識
|桃山筑前台町には、七ツ井の一つ「苔清水」があった
JR桃山駅の近く、桃山筑前台町。現在は住宅が並ぶ静かな一角ですが、この付近にはかつて七ツ井の一つ「苔清水」があったと伝えられています。
地域の歴史探訪記録では、桃山筑前台町の地蔵尊のそばに苔清水があったものの、現在は埋められていると紹介されています。
さらに「桃山筑前台町」という町名自体も、伏見城下に屋敷を構えた大名との関係を伝える地名です。
つまりこの辺りでは、「城下町の記憶」は町名に、「水の記憶」は失われた井戸の場所に残っています。
観光名所ではない普通の住宅地にも、伏見城と地下水という二つの歴史が重なっているのです。
こうした何気ない街角こそ、地元を歩く面白さではないでしょうか。
≫ 実際に歩いてみよう
|「昔の七ツ井」と「現在の名水」を感じる散策ルート
七ツ井すべてを昔の姿で巡ることはできません。そこで今回は、現在の街で水の歴史を感じられるルートを歩いてみましょう。
JR桃山駅
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桃山筑前台町・苔清水があったとされる付近
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御香宮神社・御香水
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近鉄桃山御陵前駅・京阪伏見桃山駅周辺
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大手筋商店街
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鳥せい本店・白菊水
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酒蔵の町並み
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月桂冠大倉記念館周辺
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濠川・宇治川派流
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京阪中書島駅
寄り道をしながら歩くなら、2時間から3時間ほど見ておくと楽しみやすいでしょう。
|歩くときは「高低差」にも注目
JR桃山駅や御香宮神社周辺から大手筋、酒蔵地区へ進むと、桃山丘陵側から低い市街地へ移っていく地形を感じられます。
井戸だけを探すのではなく、「水はどちらへ向かうのだろう」と地形を見ながら歩くと、伏見の水を立体的に想像できます。
|名水を汲むときの注意
水を汲める場所でも、寺社や店舗、酒蔵などそれぞれ管理者が異なります。利用時間や汲水の可否は変更される場合があるため、現地の案内に従いましょう。
大量の容器を長時間占有せず、参拝者やほかの利用者にも配慮することが大切です。また、井戸水や湧水の飲用については、各施設の最新の案内を確認してください。
苔清水など昔の井戸跡を訪ねる場合は住宅地を歩くことになります。私有地には入らず、大声や長時間の撮影を避け、地域の方の暮らしを優先して楽しみましょう。
≫ センチュリー21ホームサービス伏見桃山店からひとこと
伏見桃山で住まいを探すとき、駅からの徒歩分数や買い物施設だけでは分からないのが「地形」です。
御香宮神社やJR桃山駅に近い桃山側から、大手筋商店街、酒蔵地区へ歩くだけでも、道の勾配や土地の高さが少しずつ変わっていくことに気付きます。同じ「伏見桃山駅徒歩圏」でも、坂道の有無、前面道路の幅、周囲との高低差、雨の日の水の流れ方などは場所によって違います。
そして、その地形の下には伏見の歴史を支えてきた地下水があります。
物件を見るときは建物の中だけでなく、駅から実際に歩き、道路や高低差、周辺の水路、昔からの町並みまで見てみる。そんな街の見方をすると、「そこで暮らす姿」がより具体的に見えてきます。
≫ 編集後記
「伏見七ツ井」と聞くと、七つの古い井戸が今も並んで残っているような景色を想像してしまいます。
けれど調べてみると、失われた井戸があり、場所だけが伝わる井戸があり、昔の名前を受け継いで親しまれる水があります。
それは少し寂しいことでもありますが、同時にとても伏見らしい歴史だと感じます。
地上の景色は変わっても、人々は水を汲み、酒を造り、水の名前を語り継いできました。
次に伏見桃山を歩くとき、井戸が見えない場所でも少し足元を意識してみてください。この街の地下には、目には見えないもう一つの伏見が広がっています。
≫ FAQ|伏見七ツ井と伏見の地下水についてよくある質問
Q1.伏見七ツ井とは何ですか?
伏見で古くから知られた七つの名水です。江戸時代の地誌「山城志」にも「伏見七つ井」が記され、岩井、白菊井、春日井、常磐井、苔清水、竹中清水、田中清水が挙げられています。
Q2.伏見七ツ井は現在も七つすべて残っていますか?
いいえ。昔の井戸が失われたり埋められたりした場所があり、七つすべてを当時と同じ場所・同じ姿で巡ることはできません。一方、御香水など現在も水文化を伝える場所があります。
Q3.御香宮神社の御香水は伏見七ツ井の一つですか?
はい。七ツ井の「岩井」にあたる水として紹介されています。現在の御香水は昭和57年(1982年)に復元され、昭和60年(1985年)に環境庁の「名水百選」に選ばれました。
Q4.現在も伏見で名水を汲むことはできますか?
御香水をはじめ、伏見には現在も水に触れられる場所があります。ただし、利用時間、汲水の可否、飲用に関する案内などは施設によって異なり、変更される場合があります。訪問時は必ず現地や各施設の最新案内をご確認ください。
Q5.現在の「伏見の名水」と昔の「伏見七ツ井」は同じものですか?
同じではありません。現在の名水めぐりには七ツ井に由来する水だけでなく、藤森神社の不二の水、城南宮の菊水若水、長建寺の閼伽水なども含まれています。昔の七ツ井から、伏見区全体の水文化へと楽しみ方が広がっています。
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