Vol.36 ▶ 城南宮はなぜ方除けの神様として有名?



≫ 都の南、旅の出発点、暮らしの節目を守ってきた1200年

 

京都の中心から南へ。竹田駅を出て城南宮道を歩くと、大きな道路を車が行き交う景色の先に、木々に包まれた静かな境内が現れます。

城南宮は「方除(ほうよけ)の大社」。引越し、新築や工事、旅行、車のお祓いに、全国から人が訪れます。

なぜ城南宮なのでしょう。

答えは「南にあるから」だけではありません。都を守る伝承、鳥羽離宮、方違え、熊野詣の旅立ちが重なり、方角への祈りが現代へ受け継がれました。

 


 

≫ 今回の秘密|この記事で分かること

 

  • 城南宮が「方除けの大社」と呼ばれる本当の理由
  • 平安時代の「方違え」と鳥羽離宮の関係
  • 熊野詣の旅立ちが方除け信仰を深めた背景
  • 引越し・工事・車のお祓いへ広がった理由
  • 親子で楽しめる城南宮・鳥羽離宮跡の歩き方

 


 

≫ 秘密① 「城南」は伏見城の南ではなかった

 

「城南宮」の城を、伏見城だと思っていませんか。

ここでいう城は平安京、つまり「平安城」です。城南宮という名には「都の南に鎮まるお宮」という意味があります。

社伝では、延暦13年(794年)の平安京遷都に際し、都と国の安泰を願って三柱の神を合わせ祀り、「城南大神」と崇めたことを創建と伝えます。

京都市の歴史資料は、王城守護を起源とする説のほか、城南寺の鎮守神として始まったとする説も紹介しています。「794年に現在の形で創建された」とまでは断定できません。

それでも、この地が長く「都の南の守り」と考えられてきた点は、城南宮の方除け信仰を理解する最初の鍵です。

 


 

≫ 秘密② 平安貴族は悪い方角を「遠回り」した

 

方除けとは、方角や家相の心配を除き、移動や工事が無事に進むよう願うことです。

「良い方角を占ってもらうこと」と思われがちですが、城南宮では家相や方角の良し悪しを判定しているわけではありません。何事にも障りがないよう祈るのが方除けです。

平安貴族は、方角の良し悪しを重く受け止めていました。

目的地が良くない方角に当たると考えたときは、いったん別の場所へ移り、そこから向きを変えて目的地へ向かいます。これが「方違え(かたたがえ)」です。

城南宮を囲むように造られた城南離宮、別名・鳥羽離宮の御殿は、その方違えの宿所にも使われたと伝わります。

つまり城南宮が方除けで有名になったのは、単に都の南にあったからではありません。上皇や貴族が、移動の不安と向き合う場所として実際に利用した歴史があったからです。

 


 

≫ 秘密③ ここは上皇たちの「旅立ちの場所」だった

 

応徳3年(1086年)、白河上皇はこの一帯に鳥羽離宮を造営しました。

その広さは約180万平方メートル。竹田・中島・下鳥羽から南区上鳥羽にまたがり、御所、御堂、大きな池が並びました。

鳥羽は、都から南へ向かう「鳥羽の作道」と、淀川水運が出会う交通の要所でもありました。祈りの場であると同時に、人と物が動き出す玄関口だったのです。

院政期には、上皇たちが熊野三山へ向かう熊野詣が盛んになります。

白河上皇は旅の前に精進屋へ7日ほど滞在し、水を浴び、お祓いを重ねたと伝わります。一行は鳥羽の津から船に乗り、淀川を下りました。

都の南を守る場所、方違えの宿所、長旅の出発点。この三つが一か所に重なったことが「方除けなら城南宮」という信頼を育てたのです。

 


 

≫ 秘密④ 昔の方角信仰が、現代の住まいへつながった

 

現代では、悪い方角を避けるために別の家へ泊まってから出発する人は多くありません。

それでも、進学、就職、引越し、新築など、暮らしの節目には期待と不安が生まれます。

城南宮では、建物の工事や引越しに加え、通勤・通学・営業・旅行の方除け、八方塞がり除け、車のお祓いなどが行われています。

東西南北と四つの角の八方に、天と地を加えた十の方向を守る「十方円満」の信仰から、家庭や人間関係の円満を願う人もいます。

江戸時代には霊元法皇や和宮親子内親王の方除祈祷が行われ、孝明天皇には正月・5月・9月に祈祷が修められたと伝わります。この習わしは「正五九参り」として今も続いています。

「新しい場所へ向かう人の無事を願う」という芯を変えず、時代の暮らしに寄り添ったことが、信仰の長さにつながったのでしょう。

 


 

≫ 秘密⑤ 境内は「千年前のまま」ではない

 

歴史ある神社と聞くと、すべての建物が平安時代から残っているように思えます。

しかし、現在の本殿は平安時代後期の建築様式を取り入れ、昭和53年(1978年)に造営されたものです。寝殿造を模した神楽殿は平成8年(1996年)に建てられました。

神苑「楽水苑」も古代の庭そのものではなく、造園家・中根金作が手がけた庭です。『源氏物語』の草木が80種あまり植えられています。

一方、東西の石鳥居は文久元年(1861年)の建立です。慶応4年(1868年)の鳥羽・伏見の戦いでは、西の鳥居から鳥羽街道へ続く参道に薩摩藩の大砲4門が置かれました。

城南宮のすごさは、古いものが変わらなかったことではなく、時代ごとに祈りと景色を次へ渡してきたことなのです。

 


 

≫ 実際に歩いてみよう

 

|おすすめ散策ルート

近鉄・地下鉄「竹田駅」西口
→ 城南宮参詣道の道標
→ 安楽寿院・近衛天皇陵
→ 城南宮
→ 神苑「楽水苑」
→ 鳥羽離宮跡公園・秋の山

所要時間は2時間半〜3時間です。

竹田駅西口には、昔の参拝者を導いた「城南宮参詣道」の石の道標があります。

 

|おすすめの季節

  • 2月下旬〜3月中旬:しだれ梅と落ち椿。開花状況は毎年変わります。
  • 4月29日:王朝の歌会を再現する「曲水の宴」。参観方法は年ごとに要確認。
  • 11月中旬〜12月初旬:青空に映える紅葉と秋咲き椿。

しだれ梅の見頃は、平日でも駐車場が早い時間から満車になり、60〜90分待ちになる場合があります。花の時期は竹田駅から歩くのがおすすめです。

 

|写真スポット

  • 太陽・月・星を組み合わせた「三光の御神紋」
  • 「城南離宮」の額が掲げられた東西の鳥居
  • 春の山のしだれ梅と地面を彩る落ち椿
  • 平安の庭の水面、青もみじ、紅葉
  • 鳥羽離宮跡公園の「秋の山」と戦跡碑

神苑では三脚、一脚、脚立、自撮り棒は使えません。撮影禁止の場所では現地の案内に従いましょう。

 

|子どもと歩くなら

「太陽・月・星の紋を探そう」「鳥居の額は何と書いてある?」と声をかけると、歴史散歩が宝探しに変わります。

小さなお子さまなら、竹田駅から城南宮と神苑を往復する短いコースでも十分です。大きな道路では手をつないで歩きましょう。

 


 

≫ 地元民しか知らない豆知識

 

|鳥居に書かれているのは「城南宮」ではない

東西の石鳥居をよく見ると、額の文字は「城南宮」ではなく「城南離宮」です。

これは間違いではありません。城南離宮は鳥羽離宮の別名で、江戸時代には城南宮の社号のようにも使われました。東の額は有栖川宮幟仁親王、西の額は関白・九条尚忠の書です。

 

|一寸法師も鳥羽を通った?

『御伽草子』の一寸法師は、お椀の舟で都を目指し、鳥羽の津へ着いたと描かれます。もちろん物語ですが、鳥羽が水路から都へ入る玄関口だった記憶をよく伝えています。

知ってから歩くと、見えるものがぐっと増えます。

 


 

≫ センチュリー21ホームサービス伏見桃山店からひとこと

 

竹田駅では近鉄京都線と地下鉄烏丸線を利用でき、京都駅・四条方面にも奈良方面にも動きやすいのが特徴です。国道1号や名神高速道路の京都南インターチェンジにも近く、車を使う暮らしとも関わりが深い場所です。

一方、駅から少し歩けば、安楽寿院、天皇陵、鳥羽離宮跡、城南宮が点在します。

住まいを考えるときは、駅までの分数だけでなく、朝夕の交通量や歩道、買物の動線も歩いて確かめたいところです。便利さの隣に千年の物語がある。それが竹田・鳥羽エリアの日常です。

 


 

≫ 編集後記

 

方除けと聞くと、少し難しい昔の信仰に思えるかもしれません。

けれど、その中心にあるのは「新しい場所へ向かう人が、どうか無事でありますように」という素朴な願いです。引越し前に家族で手を合わせる今の姿と、熊野へ旅立つ上皇の祈りは、遠いようでどこか似ています。

城南宮から鳥羽離宮跡へ歩くと、平安の御所、幕末の戦場、子どもの声が響く今の公園が一本の道でつながります。伏見は、歴史を遠くから眺める町ではありません。歴史の続きを、毎日の暮らしの中で歩ける町なのです。

 


 

≫ FAQ

 

Q1.城南宮はなぜ方除けで有名なのですか?

城南宮は平安京の南を守る神社として創建されたと伝わり、平安時代後期には周囲の鳥羽離宮が方違えの宿所や熊野詣の出発前に身を清める場所として使われました。都の守り、方違え、旅の安全祈願が重なった歴史が、現在の「方除けの大社」という信仰につながっています。

Q2.方除けとは何をお願いするものですか?

方除けは、方角や家相に関する心配を除き、移動や工事が無事に進むよう願うものです。城南宮では、引越し、新築・改築、通勤・通学、営業、旅行、八方塞がり除けなどの祈願が行われています。家相の良し悪しを鑑定するものではありません。

Q3.方違えとはどのような習慣ですか?

目的地が良くない方角に当たると考えたとき、いったん別の場所へ移動・宿泊し、そこから向きを変えて目的地へ向かう習慣です。平安時代の貴族社会で重んじられ、城南離宮の御殿も方違えの宿所に使われたと伝わります。

Q4.城南宮は子どもと一緒に楽しめますか?

はい。神苑の草花、太陽・月・星を表す三光の御神紋、鳥居の「城南離宮」の額などを探しながら歩けます。近くの鳥羽離宮跡公園まで足を延ばせば、歴史散策と外遊びを組み合わせられます。大きな道路を渡る際は十分注意してください。

Q5.城南宮の最寄り駅と拝観時間は?

最寄りは近鉄京都線・地下鉄烏丸線の竹田駅で、徒歩約15分です。境内は自由に参拝でき、神苑は9時から16時30分まで、受付は16時までです。料金と公開範囲は季節で変わるため、訪問前に公式サイトをご確認ください。

 

 

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