
≫ 駅名に残る明治天皇陵と、伏見がにぎわった参拝の歴史
近鉄京都線に乗っていると目に入る、少し長くて格式を感じる駅名。
「桃山御陵前駅」です。
地元では当たり前のように使われていますが、「桃山は分かるけれど、御陵前とは何の前?」と聞かれると、すぐには答えられない方も多いのではないでしょうか。
この駅名は、東の桃山丘陵にある明治天皇伏見桃山陵と深く関係しています。
しかし、単に「御陵の近くにある駅」というだけではありません。
駅が誕生した昭和初期、伏見は全国から多くの人が御陵へ向かう町でした。
大手筋通を東へ歩く参拝者、商店や旅館が並ぶ駅前、城下町の坂道。
駅名をひも解くと、今の伏見桃山とは少し違う、もう一つの町の姿が見えてきます。
≫ 今回の秘密
この記事では、次のことが分かります。
- 桃山御陵前駅の「御陵」とはどこなのか
- なぜ駅から離れた場所に「御陵前」と名付けられたのか
- 駅が最初は終着駅だったという意外な歴史
- 京阪伏見桃山駅やJR桃山駅との名前の違い
- 駅名に残された、昭和初期の伏見のにぎわい
≫ 秘密① 「御陵」とは明治天皇伏見桃山陵のこと
桃山御陵前駅の「御陵」とは、駅の東側にある明治天皇伏見桃山陵を指します。
明治天皇は1912年(明治45年)7月30日に崩御され、陵は京都市伏見区の桃山丘陵に造られました。
正式な名称は「伏見桃山陵」です。
宮内庁の陵墓情報でも、明治天皇陵は京都市伏見区桃山町古城山にあるとされています。
隣接する東側には、昭憲皇太后の伏見桃山東陵もあります。
つまり駅名を分かりやすく言い換えると、
「桃山にある明治天皇の御陵へ向かう駅」
という意味になります。
ただし、駅の改札を出ると、すぐ目の前に御陵があるわけではありません。
桃山御陵前駅から伏見桃山陵の参道までは、歩いておよそ20分から30分ほど。
それでも「前」という名前が付いているところに、駅が造られた時代の考え方が隠されています。
≫ 秘密② 「前」は距離ではなく、玄関口を表していた
現在の感覚では、「○○前駅」と聞くと、施設が改札のすぐそばにあるように思えます。
しかし、昔の駅名に使われる「前」は、必ずしも建物の目の前という意味ではありません。
その場所へ向かうための玄関口や最寄り駅という意味でも使われました。
桃山御陵前駅から東へ延びる大手筋通を進むと、御香宮神社、JR桃山駅付近を通り、桃山丘陵へとつながります。
大手筋は現在、西側の商店街がよく知られています。
ところが駅名の歴史を見ると、大手筋は買い物の道であると同時に、御陵へ向かう参拝の道でもあったことが分かります。
昭和初期には、京都や奈良、大阪方面から鉄道で訪れた人々が、駅を降りて桃山丘陵を目指しました。
駅から御陵まで少し距離があっても、参拝者にとってはここが旅の入口だったのです。
現在の大手筋商店街から御香宮神社へ歩き、さらに東へ坂道を進むと、平らな商店街から静かな丘陵地へ景色が変わっていきます。
この高低差を自分の足で感じると、「御陵前」という駅名が単なる名称ではなく、町を歩く方向まで示しているように思えてきます。
≫ 秘密③ 桃山御陵前駅は、最初の12日間だけ終着駅だった
桃山御陵前駅は、1928年(昭和3年)11月3日に開業しました。
現在の近鉄京都線の前身である、奈良電気鉄道の駅として誕生しています。
最初に開通したのは、桃山御陵前駅から西大寺、現在の大和西大寺駅までの区間でした。
そのため、開業した時点では桃山御陵前駅が京都側の終着駅でした。
ところが、そのわずか12日後の11月15日には、桃山御陵前駅から京都駅方面まで路線が延び、京都と奈良が鉄道で結ばれました。
「桃山御陵前駅が終着駅だった」と聞くと、長い歴史があったように感じますが、実際はほんの短い期間です。
それでも、路線が最初に開業した区間の端に選ばれたことから、当時の伏見と御陵参拝が鉄道会社にとって重要だったことがうかがえます。
近鉄の公式資料でも、京都線は1928年11月3日に桃山御陵前駅と西大寺駅の間で開業し、同月15日に全線開通したと記録されています。
毎日の通勤や通学に使われる駅が、かつて京都と奈良を結ぶ鉄道の出発点だった。
これは地元の人にも、あまり知られていない話ではないでしょうか。
≫ 秘密④ 京阪は「伏見桃山」、近鉄は「桃山御陵前」
桃山御陵前駅のすぐ西側には、京阪本線の伏見桃山駅があります。
両駅の間はとても近く、改札から改札まで徒歩数分ほどです。
それなのに駅名は同じではありません。
京阪の伏見桃山駅は、1910年(明治43年)に「伏見駅」として開業し、1915年(大正4年)に「伏見桃山駅」へ改称されました。
一方、近鉄京都線の前身となる奈良電気鉄道は、1928年の開業時から「桃山御陵前駅」という名前を使いました。
京阪の駅名は、伏見という町と桃山という地域を組み合わせた名前。
近鉄の駅名は、御陵への参拝口という役割を強く表した名前です。
さらに東へ進むと、JR奈良線の桃山駅があります。
近い範囲に、
- 京阪・伏見桃山駅
- 近鉄・桃山御陵前駅
- JR・桃山駅
という三つの異なる駅名が集まっています。
初めて訪れる人には少し分かりにくいかもしれません。
しかし、それぞれの駅名が付いた時代や、鉄道会社が注目した場所を考えると、名前の違いそのものが伏見の歴史地図になっています。
≫ 秘密⑤ 駅名には「城の町」と「御陵の町」の両方が残っている
桃山と聞くと、豊臣秀吉の伏見城を思い浮かべる方が多いでしょう。
桃山丘陵には、かつて秀吉が築いた伏見城がありました。
その後、伏見城は廃城となり、城跡周辺には桃の木が植えられたことから、「桃山」という呼び名が広まったとされています。
そして明治時代の終わり、その桃山丘陵に明治天皇陵が造られました。
つまり「桃山御陵前」という駅名には、
- 豊臣秀吉と伏見城を思わせる「桃山」
- 明治天皇陵を表す「御陵」
という、異なる時代の歴史が一つに重なっています。
安土桃山時代の城下町。
江戸時代の港町と宿場町。
明治以降の御陵参拝の町。
伏見は、一つの時代だけで説明できる町ではありません。
桃山御陵前駅という八文字の駅名は、その重なりを短い言葉の中に残しているのです。
≫ 実際に歩いてみよう
|桃山御陵前駅の名前をたどる散策ルート
近鉄桃山御陵前駅
↓
大手筋商店街入口
↓
御香宮神社
↓
JR桃山駅周辺
↓
明治天皇伏見桃山陵参道
片道約2km前後。
御陵の参拝や休憩を含めて、約2時間から3時間を見ておくと、ゆっくり楽しめます。
駅周辺は商店や飲食店が多く、にぎやかな雰囲気です。
御香宮神社を過ぎると、次第に坂道が増え、住宅地の落ち着いた景色へ変わります。
この「町から丘へ」という景色の変化こそ、昔の参拝者も歩いた伏見らしい道のりです。
|おすすめの季節
歩きやすいのは春と秋です。
春は桃山丘陵の桜や新緑が美しく、秋は御香宮神社や御陵周辺の木々が落ち着いた色合いになります。
夏は参道や階段に日陰が少ない場所もあります。
帽子と飲み物を持ち、暑い時間を避けて歩きましょう。
|写真スポット
- 近鉄桃山御陵前駅の高架と大手筋通
- 御香宮神社の表門
- JR桃山駅付近から見える桃山の坂道
- 明治天皇伏見桃山陵へ続く参道
- 御陵の大階段下から見た伏見の空
御陵は静かな祈りの場所です。
写真撮影の際は、参拝する方の妨げにならないよう配慮しましょう。
|子どもと歩くとき
駅から御香宮神社までは比較的歩きやすく、商店街で休憩もできます。
御陵周辺は長い階段や坂道があるため、小さなお子さんと一緒の場合は無理をせず、御香宮神社やJR桃山駅周辺までの短いコースにするのもおすすめです。
「三つの桃山駅を探す」というテーマで歩くと、鉄道好きのお子さんにも楽しんでもらえます。
|カフェ・休憩場所
休憩や食事は、大手筋商店街周辺が便利です。
昔ながらの喫茶店から新しいカフェ、和菓子店、飲食店までそろっています。
御陵方面へ進むと店舗が少なくなるため、駅周辺で飲み物を準備してから歩くと安心です。
≫ 地元民しか知らない豆知識
実は「御陵前」という駅が、もう一つあった
桃山御陵前駅と混同されやすい駅名に、京阪宇治線の「御陵前駅」があります。
この駅は1913年(大正2年)に開業し、伏見桃山陵への最寄り駅として「御陵前」と名付けられました。
しかし、1949年(昭和24年)に現在の桃山南口駅へ改称されています。
つまり一時期、伏見周辺には、
- 桃山御陵前駅
- 御陵前駅
という、よく似た名前の駅が存在していました。
現在も「桃山南口」という駅名に、桃山丘陵の南側の入口という位置関係が残っています。
伏見の鉄道地図には、御陵参拝が盛んだった時代の名残が、駅名を変えながら今も息づいているのです。
≫ センチュリー21ホームサービス伏見桃山店からひとこと
桃山御陵前駅周辺の魅力は、歴史的な場所が多いことだけではありません。
駅の西側には大手筋商店街をはじめ、スーパー、飲食店、医療機関、公共施設が集まっています。
一方、東側へ進むと御香宮神社や桃山丘陵があり、落ち着いた住宅地が広がります。
さらに京阪伏見桃山駅、近鉄桃山御陵前駅、JR桃山駅の三つの駅を利用しやすい場所もあり、京都市中心部、奈良方面、大阪方面への移動を考えやすい地域です。
ただし、同じ桃山エリアでも、平らな場所と坂道の多い場所、にぎやかな商店街周辺と静かな丘陵地では、暮らし心地が大きく異なります。
住まいを探すときは、駅からの分数だけでなく、実際の坂道、買い物動線、夜の雰囲気まで歩いて確かめることが大切です。
歴史を知ってから町を歩くと、毎日の通り道にも少し違った景色が見えてきます。
≫ 編集後記
桃山御陵前駅は、毎日多くの人が利用する便利な駅です。
けれども、その名前をゆっくり読み直すと、御陵へ向かった人々の足音や、参拝者を迎えた昭和初期の町のにぎわいが見えてきます。
伏見桃山は、城下町、港町、酒蔵の町として知られています。
そこに「御陵の町」という一面を加えると、伏見の歴史はさらに立体的になります。
駅名は、町が過ごしてきた時間を残す小さな記念碑です。
次に桃山御陵前駅で電車を降りたときは、改札を出て東の丘を見てみてください。
何気なく使っていた駅名が、伏見の歴史へ続く入口に感じられるかもしれません。
≫ FAQ|桃山御陵前駅の名前の由来
Q1.桃山御陵前駅の「御陵」とは何ですか?
明治天皇の陵である「伏見桃山陵」のことです。京都市伏見区の桃山丘陵にあり、隣接して昭憲皇太后の伏見桃山東陵があります。
Q2.桃山御陵前駅は御陵のすぐ前にありますか?
改札のすぐ前ではありません。駅から明治天皇伏見桃山陵までは徒歩でおよそ20分から30分かかります。「前」は、御陵へ向かう玄関口や最寄り駅という意味で付けられたと考えられます。
Q3.桃山御陵前駅はいつ開業しましたか?
1928年(昭和3年)11月3日です。現在の近鉄京都線の前身である奈良電気鉄道の駅として、桃山御陵前駅と西大寺駅の間が開通した際に開業しました。
Q4.桃山御陵前駅が終着駅だったことはありますか?
あります。1928年11月3日の開業から、京都駅方面へ延伸された11月15日までの12日間、京都側の終着駅でした。
Q5.伏見桃山駅と桃山御陵前駅は同じ駅ですか?
同じ駅ではありません。伏見桃山駅は京阪本線、桃山御陵前駅は近鉄京都線の駅です。両駅は非常に近く、徒歩で乗り換えられます。
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